自己臭症と過敏性腸症候群(IBS)

自己臭症とは?

腸管ガス症状を訴える方の中に、腹部の張りや痛みよりも排ガスに伴う音やにおいに対して困難感を呈される方が居ます。

そのなかでも「におい」に関して「身体から嫌なにおいがすることへの恐怖」として定義されている[1]のが自己臭症です。

ただ、一言「におい」に対する不安と言っても、神経症などに近いものから、いわゆる「妄想」を確信する自己臭妄想と呼ばれる段階までかなり幅拾く、どのように扱うべきかが常に議論されている領域です。

近年では「自分の臭いによって他人を不快にしてしまう」という不安の訴えなどが多いことから、対人恐怖や社交不安の一種としても考えられています[1]。

また、嗅覚関連付け症候群(olfactory reference syndrome: ORS)と呼ばれる強迫症の一種と似ていることも指摘されており、日本以外にも東アジア圏や欧州でも見られることが報告されています。

   

自己臭症は過敏性腸症候群(IBS)に併存(へいぞん)しやすい?

過敏性腸症候群(IBS)そのものというよりも、同時に存在(併存)していることが少なくないことが知られています。

日本における報告では、おなら臭を主訴に受診した患者の実に53%に過敏性腸症候群(IBS)が併存していたと報告されています[2]。

過敏性腸症候群(IBS)においてガス症状の訴えが見られる理由としては次のような理由が考えられています[3]。

①大腸内容物の増加

②腸管の排泄機能の低下

③腹部-横隔膜の共同運動障害に伴う腹腔容量移動の変化

➃腸管刺激への知覚の増大

  

自己臭症との区別は実際におならが出ているのかどうかが一つの鑑別方法となりますが、緊張しすぎて(おしりの)感覚が分からなくなるという訴えもあり、両者の鑑別は容易ではありません。

また、におうかもしれないという不安がストレスとなって下部消化管の運動障害を起こし、さらに注意が消化管やおしりに向くことで知覚過敏が悪化し、残便感や違和感を感じることで、臭いへの不安を強めている可能性も報告されています[2]。

ただ、自己臭の不安を訴える方で肛門の最大静止圧*を測定するとと確かに低い傾向が見られるという報告もなされています[4]。

この報告ではいわゆる便もれをするほどの低下ではなとしながらも、肛門内圧や肛門括約筋の筋電図をモニターしながら肛門括約筋の筋力を鍛え直すバイオフィードバック**という方法が効果的であったとしています。

そういった意味では自己臭症の方では、確かに通常よりはガスが漏れやすく、さらにそれに対する感覚過敏が不安を助長している可能性があるともいえるかもしれません。

     

自己臭症に対する治療法

例えば写真の猫のように、ニンニクを触ったことが原因であればその手を洗う、もう触らないようにするなどの対策を取ることができます。

しかし、自己臭症は「におい」という点に注目してしまうと、(少なくとも不快になるような)においはしないと周囲が言っても「気を使っているだけ」と本人が感じてしまえば平行線になってしまいます。

自己臭症と一言にいっても、対人恐怖や強迫症に近いものから統合失調症の一症状である妄想まで様々なものが含まれているとされています。

とりわけ後者はまず適切な薬物治療などが必要となります。


一方、対人恐怖や強迫症に近い、自分でももしかしたら気にし過ぎかもしれない、でも気になるという方で、薬物のみでは改善しない場合に比較的入りやすいのが過敏性腸症候群(IBS)の症状に対する治療からのスタートとなります。

とくにガス症状がある場合は途中で書いたように、

臭いかもしれないという(不安)➡ストレス➡下部消化管の運動障害+注意が向くことで知覚過敏が悪化➡残便感や違和感を感じる➡臭いへの不安

という悪循環となる可能性が高く、これらの症状を改善させることで自己臭への不安も軽減する可能性があるためです。

   

ガス症状を訴える過敏性腸症候群(IBS)」でも述べましたが、2016年のRome基準の改訂で腹部の不快感が過敏性腸症候群(IBS)の診断基準から消されたため、今後これらのガス症状に関しては過敏性腸症候群(IBS)ではなく、機能性消化管疾患として扱う可能性が高くなっています。

ただし、治療法自体に何か大きな変化があったわけではなく、また、過敏性腸症候群(IBS)の重症度診断に用いられるIBS-SSS(IBSSI)という問診票ではお腹の張りなども重症度の判断基準として残っていますので、現時点ではガス症状と過敏性腸症候群(IBS)を切り離して論じるのは少し難しいように感じています。

           

実際、整腸剤や消化管運動改善薬、抗不安薬、向精神薬、食事療法(低FODMAP食)などがそれぞれ一定の有効を示したという報告があります。

また、自己臭症の中でも「もしかしたらそこまで酷くないかも…」という確信度の場合には以前にもお伝えした注意トレーニング認知再構成曝露療法といった認知行動療法(CBT)が有効性を示すこともあります。

この他、先ほど挙げた肛門括約筋を鍛えるバイオフィードバックや森田療法、マインドフルネスなどとの類似点があるAcceptance and Commitment Therapy(ACT)と呼ばれる第三段階の認知行動療法(CBT)[5]なども有効性が報告されており、今後さらに研究が進むことを期待したい分野です。


*肛門最大静止圧:肛門を占めるための筋肉の一つである内肛門括約筋の力を反映し 、肛門の閉鎖状態をある程度示す。平均より低い場合は便失禁などに繋がることもある。

**バイオフィードバック治療に関しては専門家ではないため、文献から知りえた治療法を非常に簡略化して書いております。詳細については専門施設でご確認ください。

    

引用文献

[1]American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition (DSM-5). 2013

[2]小林 伸行, 濱川 文彦, 金澤 嘉昭, 廣松 矩子, 高野 正博:排ガス(おなら)臭を主訴とする自己臭症に過敏性腸症候群が高率に併発する.心身医 55 巻 12 号 p. 1380-1385; 2015.DOI: https://doi.org/10.15064/jjpm.55.12_1380

[3]Iovino P, Bucci C, Tremolaterra E, et al: Bloating and functional gastro-intestinal disorders: where are we and where are we going?; World J Gastroenterol. 2014 Oct 21;20(39):14407-19. doi: 10.3748/wjg.v20.i39.14407.

[4]小林伸行,高野正博,金沢嘉昭,他:おなら臭を主訴とした自己臭症患者に対するバイオフィードバック療法.心身医 53 巻 11 号 p. 1018-1024; 2013. DOI: https://doi.org/10.15064/jjpm.53.11_1018 

[5]河西 ひとみ, 関口 敦, 富田 吉敏, 船場 美佐子, 本田 暉, 樋上 巧洋, 藤井 靖, 安藤 哲也:腸管ガスに関連する症状を主訴とする患者への認知行動療法の無効例から考える今後の研究の方向性.心身医 60 巻 1 号 p. 50-57; 2020. DOI:https://doi.org/10.15064/jjpm.60.1_50



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