鍼治療と過敏性腸症候群(IBS)

過敏性腸症候群(IBS)の治療の第二段階

消化管に対する薬物治療である第一段階の治療で症状が改善しないときに、過敏性腸症候群(IBS)診療ガイドラインの第二段階で推奨されているのが抗精神病薬や抗不安薬と言った薬物療法やカウンセリング、代替療法となります。

代替療法とは厚生労働省『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』のホームページによれば、「一般的に従来の通常医療と見なされていない、さまざまな医学・ヘルスケアシステム、施術、生成物質など」と定義されています。

もう少し具体的にいうと、次のようなものが都合医療や代替療法とされています。

●天然物(Natural Products)

ハーブ(ボタニカル)、ビタミン・ミネラル、プロバイオティクスなど

●心身療法(Mind and Body Practices)

ヨガ、カイロプラクティック、整骨療法、瞑想、マッサージ療法、鍼灸、リラクゼーション、太極拳、気功、ヒーリングタッチ、運動療法など

●そのほかの補完療法(Other Complementary Health Approaches)

心霊治療家、アーユルヴェーダ医学、伝統的中国医学、ホメオパシー、自然療法など

診療ガイドラインでは、『CQ4-21:IBSに代替療法は有効か?』において患者が代替療法を好む傾向があるのに対し、医療者は多くが懐疑的であると記しており、この背景には十分な臨床試験が行われていないことが一因として挙げられます。

これらの中で過敏性腸症候群(IBS)に対する臨床研究として比較的報告されているのが、プロバイオティクス、漢方、鍼治療、そしてハーブ(中でもペパーミンントオイル)になります。

過敏性腸症候群(IBS)に対するプロバイオティクス漢方については別項で触れましたので、ここでは鍼治療に少し触れてみたいと思います。

鍼治療は漢方同様に古代中国で生まれ、わが国をはじめ東アジア諸国を中心にさまざまな症状に対して行われてきた治療法の一つで、日本に導入されたのは約1500年前といわれています。

鍼治療は日本では一部の疾患(神経痛、リウマチ、腰痛症、五十肩など)に対して保険での診療が認められておりますが、過敏性腸症候群(IBS)に対しては自費診療となります。

(因みに鍼灸治療を行うには国家資格が必要になります。)

近年、代替医療や統合医療としての世界的な関心の広まりに伴い、海外でも様々な分野に対する鍼治療の研究が報告されており、過敏性腸症候群(IBS)をはじめとする消化器疾患にも広く応用が期待されています。

実際に報告されている、鍼治療の論文の大部分が海外発というのも興味深いところですが、過敏性腸症候群(IBS)に対する研究について発表される論文全体からみると、鍼治療の研究は、基礎・臨床ともにまだまだ少ないのも事実です。

鍼治療の臨床研究の結果をいくつか検証した(レビュー)論文では、症状やQOL改善にはプラセボ(偽鍼治療)以上の効果を示さなかったと報告しています[1]。

興味深いのは鍼治療に心理・情動面への効果があることが報告され[2]、実際、偽鍼を用いた臨床試験においても、良好な施術者-患者関係の増強に努めた群は、それらを除いた群に比べて有意に改善の度合いが強いと報告されていることです[3]。

  

診療ガイドラインにおいても良好な患者-医師関係の確立の有効性は強く推奨されており、時間をかけて患者と対峙しながら治療を行う鍼治療は漢方同様、慢性疾患における患者-治療者関係の重要性を改めて示しているのかもしれません。

この他、科学的には鍼の刺激は自由神経終末などを介して身体にさまざまな反応を起こすことが少しずつ明らかにされつつあり、今後の研究にも期待されるところですが、現時点では過敏性腸症候群(IBS)に対する積極的な治療法としての推奨はされていないようです。


文献

[1]Manheimer E, Wieland LS, Cheng K, et al. Acupuncture for irritable bowel syndrome: systematic review and meta-analysis. Am J Gastroenterol. 2012;107(6):835‐848. doi:10.1038/ajg.2012.66

[2]Gabuzian KS, Sarkisian KA, Grigorian NL, Azatian ZG. Otdalënnye rezultaty lecheniia bolńykh s sindromom razdrazhennoĭ tolstoĭ kishki [Long-term results in the treatment of patients with irritable bowel syndrome]. Klin Med (Mosk). 1994;72(1):47‐48. 

[3]Kaptchuk TJ, Kelley JM, Conboy LA, et al. Components of placebo effect: randomised controlled trial in patients with irritable bowel syndrome. BMJ. 2008;336(7651):999‐1003. doi:10.1136/bmj.39524.439618.25

素材

写真 写真AC クリエイター:まぽさん

写真 写真AC クリエイター:APSさん

過敏性腸症候群すっきりプロジェクト

過敏性腸症候群に対する非薬物治療の臨床試験に関する情報提供のためのサイト