冷え症と腸の運動

冷え症(性)とは?

冷え症は社会通念として「身体の一部もしくは全体が異常に冷たく感じられ、不快な症状を訴えるもの」といった認識がなされています。

また、病態学的には交感神経の緊張により末梢の血管がしまり、血流量が低下している状態[1」とも考えられています。

実際、少し古い研究ではありますが、サーモグラフィーなどで測れば躯幹部の最高温度と四肢部の最低温度の 差が8度以上ある症例では高確率で冷えを訴えるといったことも報告されています[2]。

その一方で、冷え症は一般的には採血やレントゲン、画像検査では異常を認めないことが多く、本人の自覚症状が主な症状となります。   

東洋医学では冷え症は「気」「血」「水」の異常*による未病**として扱われていますが、西洋医学では病気として扱われることはあまりありません。

このため、冷え症はどちらかといえば体質として扱われ、冷え症に関する研究はあるもののその定義や測定方法などは研究によって異なり、定義や診断基準、検査方法は確立していません[3]。

自覚症状を主体とする点は過敏性腸症候群(IBS)と似ています。

      

冷え症の原因は?  

従来、冷え症の原因としては更年期などと関連した女性ホルモンの異常やストレスの関与などが指摘されてきました。

また、ストレスと関連して自律神経の異常なども原因として挙げられています。

このほか、冷房の使用なども一因とする報告がある一方で、関連性は認めないといった報告もあり原因も一貫していません。

このため、冷え症は過敏性腸症候群(IBS)同様に原因を一つに絞ることは難しいと考えられています。

  

他方、動脈や静脈系、毛細血管といった血管の異常や膠原病などが原因となるものは「冷え症」ではなく、それぞれの病名(閉塞性動脈硬化症、バージャー病など)がつけられ、多くの研究では「冷え症」から除外されています。

ちなみにしもやけ【凍瘡(とうそう)】も末梢血管の異常ですが、投薬治療の対象となることは少なく、多くが寒冷刺激を避ける、保温に注意するなどの保存的療法で対処されることが多いとされています。

温めることの腸への影響

手術などの後、なかなかガスが出ない麻痺性イレウスなどでは腰背部や腹部などを温めるなどの温罨法(おんあんぽう)ケアがなされることがあります。

タオルによる温刺激を腰背部に与えることで、腸の運動が活発になる理由としては、温刺激が皮膚の温受容器から結腸を支配する交感神経、副交感神経といった自律神経に作用する、体性-内臓反射***という見解がなされています[4]。

この背景には腰部温罨法では中枢温(体内の温度)の上昇は認められておらず、タオルなどによる直接刺激を受けた部位の皮膚温の上昇にとどまったという結果も反映されていると考えられます[5]。

逆に言えば、温刺激でなくても皮膚への機械的刺激によって体性-内臓反射が起きれば腸の運動に影響を与える可能性があります。

実際、腰背部ではなく、腹部への刺激でも腸の運動に影響をあたえるという報告もなされています[6]。

また、鍼灸も過敏性腸症候群(IBS)を含む内臓疾患への効果が報告されていますが、これらの作用も体性-内臓反射などの影響の可能性があります。

    

ただ、残念ながらいずれの報告も人数が少なかったり、手技(当てる部位や時間、温度)が研究毎に異なったりしており、EBM(エビデンス)というには少し弱い印象を受けます。

今後さらにシステマティックレビューなどがなされ、経験則からだけでなくエビデンスも伴った治療として報告されることを期待したいところです。

また、同時に気になるのが、「冷えると下痢になる/お腹を壊す」という過敏性腸症候群(IBS)の方だけでなく社会通念にもなっている考えの根拠です。

治療中によく質問を受けるのですが、未だ「冷え=下痢/腹痛」のはっきりした根拠を見つけられていません。

根拠となるような研究がすでになされたうえで一般常識となっているのか、未だ根拠がないまま経験則として語られているのかも含め、調べていきたいところです。

  

もし、すでにご存知の方がいらっしゃいましたらぜひ事務局まで一報ください


「気」「血」「水」の異常*:体を構成するエネルギーである「気」、血液のように体を循環することで「気」を助ける「血」、人体の大部分を構成する「水」のバランスなどの崩れた状態。

未病**:病気とはいえないものの、健康でもない状態を指す。自覚症状はないが、検査結果に異常がある場合と、自覚症状はあるが、検査結果に異常がない場合などがある。過敏性腸症候群(IBS)や冷え症は前者である。

体性-内臓反射***:温熱刺激により一時的に交感神経が緊張→交感神経が抑制されると共に副交感神経が活発になる→腸の運動が活発になる。


引用

[1]後山尚久 : 冷え症の病態の臨床的解析と対応―冷え症は いかなる病態か,そして治療できるのか.医学の歩み,2005 : 215(11) : 925-929

[2]高取 明正 他;サーモグラフィを用いた冷え性の病態生理学的検討 気温の変化と冷え性患者の皮膚表面温度分布の関係について:環境病態研二報告 62,1991

[3]西川 桃子 他;冷え症の定義,測定,特徴および妊婦の冷え症に関する 文献レビューと今後の研究の方向性: 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻紀要 健康科学 第 6 巻 2009

[4]菱沼典子 他;日本看護科学会誌J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol. 17, No. 1, pp. 32-39,1997

[5]平井さよ子 他;腰部温湿布の研究-腸管運動への影響について-第3報.日看研会誌 1989;12;68.

[6]小板橋喜久代 他;腹部温布清拭が腸蠕動に及ぼす影響:Kitakano Med J.49(5):347-351,1999


素材

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